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小磯に水なし梅どころ
小磯に水なし梅どころ 「小磯には可愛い娘は嫁にやれない」と、かつての大磯では言われていた。 ...続きを見る

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2008/08/17 21:41
海から上がった観音様 (御船祭・その一)
海から上がった観音様 (御船祭・その一) 大磯の漁師はタコをとらない。 ...続きを見る

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2008/08/03 23:01
海とミコシとマツモトジュン
海とミコシとマツモトジュン 夏といえば青い海に白い雲、原色のパラソルにスイカ割り、白砂青松を背景に軒を連ねる海の家・・・「海水浴」の情景は、いまだ多くの日本人の原風景ともいえるだろう。 近年の紫外線の増加で気安く日焼けもできなくなり、有名な海水浴場ともなれば人ごみや渋滞などからの精神的ストレスもバカにならない現代の海水浴に「健康増進」や「疲労回復」目的で出かける人は少ないとは思うが、日本で最初の海水浴場はそもそも治療の場所として開設されたのだ。 「森林浴」「岩盤浴」「日光浴」など、○○浴と名のつくものには何らかの健康増... ...続きを見る

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2008/07/11 10:49
最後のユダヤ人
最後のユダヤ人 エルサレム旧市街に「嘆きの壁」として残る建造物は西暦70年、ユダヤ戦争のさなかにローマ帝国軍によって破壊されたエルサレム神殿の一部だ。 2000年以上前のこの戦争こそが移住の直接のきっかけだったという言い伝えを持つユダヤ人たちが、インド南西部のコーチンという街に今も住んでいる。 ...続きを見る

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2008/06/27 10:47
土に撒かれた魚
土に撒かれた魚 「好きな食べ物は?」という質問に出会うと、少し戸惑う。 誰もが尋ねられたことのある質問だとは思うが、子どもの頃、この問いにぶつかると僕は「それは果物もふくめて?」とか「カレーじゃあまりにベタすぎる」などとあれこれ考え出してしまい、ずばりコレが好き、という明快な答えがいつも出せなかった。 正直空腹でさえあれば大概のものはおいしいし、その食べ物を食べる環境も味覚に大きな影響を与える。簡単に即答できる問題ではない。 ...続きを見る

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2008/06/12 22:44
68分の58 (うめ子さん・そのA)
68分の58 (うめ子さん・そのA) 2年前まで小田原城のお堀には、隅櫓橋という赤い太鼓橋が架かっていた。 昭和初期の建造で、春はお堀端の満開の桜との相性が素晴らしく、人々に人気のフォトスポットとなっていた。 80年以上にわたって風景の一部となっていた隅櫓橋が撤去されたのは、小田原城を「江戸時代の姿」に復元することを目的とした「史跡小田原城跡本丸・二の丸整備基本構想」(1993年策定)による。関東大震災後に架けられた隅櫓橋は江戸時代の石垣の位置にあるため、忠実な再現に支障をきたすという理由だった。 ...続きを見る

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2008/06/06 23:33
お城のうめ子さん
お城のうめ子さん ひとりのぞうさんくものすに かかってあそんでおりました あんまりゆかいになったので もひとりおいでとよびました ...続きを見る

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2008/05/21 19:28
1300年つづく会議
1300年つづく会議 今から2000年ほど前の垂仁天皇の時代、もしかするとそれよりも遠い昔、どこからかシナツヒコ(級津彦)というリーダーに率いられた一団が海を渡って現在の神奈川県二宮町あたりに上陸し、せっせと土地を拓いてのちにシナガ(磯長)と呼ばれるクニを作った。 四国の讃岐地方からは別の一族がやってきて、二宮よりもさらに東、今の高座郡寒川町あたりに上陸すると、やっぱりせっせと開拓を進めてサガム(相武)というクニができた。 シナガの神殿ではシナツヒコが神と崇められ、サガムの宮では一族の神である寒川比古と寒川比... ...続きを見る

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2008/05/08 23:04
dU = δQ - δW
dU = δQ - δW かつてゴジラが東京に記念すべき第一歩を記した上陸地点、八ツ山橋から第一京浜沿いに旧東海道が南へ下っている。 東京―横浜を行き来する車輌がひきもきらない第一京浜とは打って変わって、車もあまり入ってこない細い街路には商店街が形成され、かつての品川宿の賑わいを想像しながら散歩するにはちょうどいい。 ...続きを見る

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2008/04/03 23:30
Let It Flow
Let It Flow 箱根外輪山の一つ、標高802メートルの浅間山にその昔、人々を苦しめる大蛇が住んでいた。 この大蛇がついに成敗されたとき、苦しみのたうちまわった尻尾の一撃でできた平地が尾平台、今の大平台であるという。 ...続きを見る

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2008/03/19 23:11
ベイビーゴトビキ (ぶしゃ・二)
ベイビーゴトビキ (ぶしゃ・二) 古来、その山肌が白く輝いて見えたことから白岩山と呼ばれた山の頂に、曾我五郎の足跡石と伝わる巨石がある。 ...続きを見る

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2008/03/15 22:23
ぶしゃ
ぶしゃ むかしむかしの往古の昔、今は大磯町の西小磯あたりに10才ぐらいの子どもが一人現れ、狂ったようにぴょんぴょん跳ね飛びながら 「我はこれ大和国広瀬の神なり。当所守護の因縁有り鎮守と敬むべし、成して守るべし」と叫んでいたかと思うと、べったり地面にひれ伏した。 今から二千年以上前の紀元前89年にその創建をさかのぼるという、奈良県の古社、廣瀬大社の神が子どもの姿を借りて現れ、この土地を守ってあげるから祀りなさいと告げたというのだ。 廣瀬大社は大和川、曽我川、飛鳥川など奈良盆地を走る河川の合流... ...続きを見る

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2008/03/14 01:28
Κ・筆塚
Κ・筆塚 ところで荏柄天神境内の片隅には、高さ3メートルを超える青銅製の「絵筆塚」がそびえ立っている。 ...続きを見る

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2008/02/11 02:14
とぶらう
とぶらう 古都鎌倉は鶴岡八幡宮の鬼門の方向に、日本三天神のひとつに数えられる荏柄天神社が建つ。 およそ900年前の長治元年(1104年)、突然の雷雨とともに菅原道真の「神画像」が降臨するというネットの掲示板まがいの出来事があり、その画像をご神体として祀ったのが始まりと伝えられる神社だ。 ...続きを見る

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2008/02/09 23:23
一陽らいふく
一陽らいふく 早稲田界隈の飲食店などに入ると、時々こんなものが壁に貼られているのに出くわすことがある。 ...続きを見る

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2008/02/06 15:30
三丁目ポップ
三丁目ポップ 何年か前から突然「化粧掛け水玉文」の磁器が気になりだし、見かけるたびに買うことにしている。 化粧掛け・・・何だって?と聞きなれない言葉に戸惑われるかもしれないが、おそらくある一定の年齢以上の人が一見すれば「あー、これね。そう言えばあったね」という反応がほぼ間違いなく返ってくる、あのデザインだ。 ...続きを見る

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2008/02/03 12:14
神様の大好物
神様の大好物 1300年ほど前の熱海湾、和銅3年6月15日。 一人の漁師の網になにやら雰囲気のある流木が引っかかった。 少し気になりつつも海に捨て、網を投げるとまたかかる。 その後も捨ててはかかりを繰り返すばかりなので、何かあると思った漁師は流木を持ち帰り、田んぼの畦に祀っておいた。 百合根や橙、「麦こがし」などのお供えものもしておいた。 ...続きを見る

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2008/02/01 15:55
キノミヤ
キノミヤ JRを使って熱海まで行くのなら、ぜひ一駅となりの来宮駅で電車を降りてほしい。 気分的には新宿駅から代々木駅までの距離程度の移動をするだけで、その労を補って余りある見返りを得ることができる。 ...続きを見る

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2008/01/31 10:56
函館ハイブリッド (HAKODADI・B)
函館ハイブリッド (HAKODADI・B) 末広町の電車通り沿いに「来々軒」という看板が出ている。 ...続きを見る

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2008/01/25 00:22
最古のコン柱 (HAKODADI・A)
最古のコン柱 (HAKODADI・A) 函館という街の歴史は、いつも人々のすぐ脇を歩いている感じだ。 「保存」されているとかいうのではなく、一緒に、同じ目の高さを歩いている感じ。 てらいもなければ構えてもいない。あまりに普通に身近にいるので気付かないこともよくある。 ...続きを見る

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2008/01/13 00:51
大正湯 (HAKODADI・@)
大正湯 (HAKODADI・@) あけましておめでとうございます。 ...続きを見る

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2008/01/11 00:23
芝浜
芝浜 毎日毎朝、山手線田町駅の三田口を源泉として、人の流れが第一京浜沿いにあふれ出す。浜松町方面に向かって歩いていくと、やがて都営浅草線や三田線からの支流が加わり、横切ることも難しいほどの奔流となる。 ...続きを見る

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2007/12/23 23:41
進昇堂
進昇堂 大磯小学校に通った人間ならば、おそらく誰もがその存在を知っている「進昇堂」という駄菓子屋がある。 ...続きを見る

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2007/12/16 05:31
イリカ(イルカ)の話
イリカ(イルカ)の話 このくらいの背中のヘリをね、出してね、浮いてんだって。 そしたらね「なんだな、ありゃな」へって見てただってよ。そしたっけ、イリカだって。 イリカの子が背中のヘリを出して息をしてんだ。そのうちにシューと潜っちゃあだって。 そんと、こーんど、こんなでっかいヘリがポンと出てくんだってよ、イリカのヘリが。 ...続きを見る

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2007/12/08 01:28
ローマ風呂は一日にして成らず
ローマ風呂は一日にして成らず 高畑勲監督、1991年の劇場アニメ「おもひでぽろぽろ」の中の1シーン。 ...続きを見る

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2007/12/04 04:21
漢方トリュフ・茯苓〈ブクリョウ〉
漢方トリュフ・茯苓〈ブクリョウ〉 金太郎茶屋の中に、あるじのおばあちゃんが金時山登山途中に撮影したという写真が飾られている一角があった。 樹氷に覆われた山頂や夕映えの富士山などなどに混ざって、奇妙な写真が一枚、炭化したヒョウタンのような物体が写っている。 ...続きを見る

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2007/11/02 02:31
続・ポタラカ
続・ポタラカ 800以上ある全世界遺産の中で「道」として登録されているのは熊野古道と、スペイン北西部のサンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼道の2つだけ。聖ヤコブをまつる大聖堂を目指して長い道のりを歩いてきた巡礼者は、目的地まであと5キロの「ゴゾ(歓喜)の丘」に登り、はるかに見える大聖堂をついに目のあたりにして涙したという。 ...続きを見る

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2007/10/09 03:33
ポタラカ
ポタラカ 紀伊半島の南、那智の浜から「補陀洛渡海(ふだらくとかい)」の小船は江戸時代まで千年以上ものあいだ出航していた。 ...続きを見る

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2007/10/08 00:43
小野田少尉と運転手
小野田少尉と運転手 マニラ市内、マラテ地区にある宿からニノイ・アキノ空港までタクシーを呼んでもらったときのこと。 ものの数分でやってきた運転手は、見た目還暦前のモンゴロイド。中国系移民の先祖をもっているのかな、と漠然と考えていたら走り出した車の中で、実は自分は日本人の血をひいている、と語りだした。 ...続きを見る

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2007/09/29 08:42

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