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春の訪れとともに、大磯の山では奇怪な声がこだまするようになる。 腹をこわした猿のうめき声のようなそれは、きまって早朝か夕方、ちょうどカナカナと同じような時間帯に「オーアーオーゥ・・・アーオーゥ・・・」と物悲しい旋律を奏でる。 毎年4月の中旬になると丹沢方面から南下してくるアオバトの鳴き声だ。 時おり、春先のころから比べると随分鳴き方も上達したウグイスの声が、なにか洞穴の中に響くひとしずくの水滴のような余韻と清涼感をもって「フー・・・フケキョ!」と重なり、そこに今度は鹿威し(ししおどし)のような、少しこもって丸みを帯びた乾いた音が「ころころころ・・・」と割り込んでくる。コゲラが異性にアピールするため枯れ枝をたたくドラミングだ。 少し前までは枯葉がゆっくりと降り積もる、カサコソという音に包まれていた山々が、ここはどこの熱帯雨林?と疑いたくなるほど多種多様な鳥たちの声で満たされる。彼らが全体として生み出すオーケストラにはもちろん規則性はないが、そのお陰でいつまでも飽きることなく聴き入ってしまう。 山を下り、浜辺に出て波打ち際にたたずめば、目の前で砕けた波の泡音が、小田原・江ノ島両方面に向かってシュワー・・・と左右に広がっていく。 海のうねる夜はドスン、ドスンと巨人が歩いてでもいるかのような波音が山じゅうに響きわたる。 波の音にしてもひとつとして同じものはない。雪の結晶に同じ形が存在しないように、海もその誕生から40億年以上、楽譜のない演奏をひたすら続けているのだ。 人間は、そんな自然の持つ音楽センスをなんとか自家薬籠中のものにしようと努力してきた。 鳥や虫の鳴き声ならば捕まえて籠にでも入れてしまえばなんとかなるが、波や水などとなるとそうもいかない・・・いや、水ぐらいだったらできるんじゃねー? という発想だったわけでもないだろうが、まんまと水の「捕獲」に成功した道具に「水琴窟」というものがある。 水琴窟を初めて見たのは栃木県の大田原市にある大雄寺(だいおうじ)という室町時代創建の禅寺だった。 水がチョロチョロと流れる蹲(つくばい)の下に竹筒が差し込まれ、耳をあててみるよう指示がある。 いぶかしみながらも耳を近づけると驚くなかれ、暗い竹筒の奥から聞こえてきたのはなんともトランシーな、ダンスミュージックと呼んでもいいほどの「音楽」だった。 地面の下に甕が逆さに埋められていて、底の部分に開けられた穴から水滴が落ちると甕内部に反響し、水の音というよりそれこそ琴の音色のような、様々な音程とリズムを刻む音楽が奏でられていくのだ。 これがいくら聴いていても飽きない。全く予想の付かないアドリブが延々と繰り広げられ、常に新鮮な驚きがある。正に自然というお抱えプレイヤーを甕の中に独占した格好なのだ。 そもそも水琴窟は江戸時代初期に考え出され、明治・大正・昭和初期までさかんに作られたらしいが、戦後ぱったり忘れ去られて1959年の調査では日本全国に確認できた水琴窟はたったの2ヶ所。しかも泥に埋もれて音を聞くどころの話ではなかったという。 それが1983年、朝日新聞の天声人語に取り上げられたあたりから徐々に復活しはじめ、最近では数もそこそこ増えてきているらしい。 湘南地域では唯一、平塚市総合公園の日本庭園に水琴窟が存在するが、ここは水が大量に流れすぎているのか、跳ねるようなリズムというよりは終わりかけの小便にリバーブをかけた感じでイマイチ。 甕にしたたる水滴の量が多すぎてもいい音がしないわけで、このあたりが「自然を囲い込む」水琴窟の難しいところだ。 意外なところでは新宿歌舞伎町、通称「職安通り」沿いの稲荷鬼王神社にある水琴窟が素晴らしい音を出す。 境内には2つの水琴窟があり、片方が2004年、もう片方が2005年と製作されたのはごく最近(水琴窟の耐用年数は約20年ほどとも言われており、現在ある水琴窟のほとんどは平成に入ってからの設置のようだ)。 「弟」のほう わらび縄でくくられた石のあたりに水をかける ![]() 2基のうちの「弟」の方は指定された場所にヒシャクで水を流すと、その水が流れている間だけ音を楽しむことができる仕組み。常に一定量の水流が生み出す安定した響きもいいが、聴く人のさじ加減で好きなように音を楽しむことができるこのスタイルはなかなか具合がいい。 全くの無音状態で竹筒に耳をあて、水をゆっくり流し始めると、突然凛とした音が静寂を破って響き始める。この「イントロ」の興奮を味わえるだけでもポイントが高いが、さらに流す水の量を調節することで水琴の演奏を「ソロ」から「五重奏」ぐらいまで変化させることができるのだ。 その意表をつくリズム展開や音程のあまり竹筒に耳を押し付けたままの姿勢で思わず体が動き出し、奇妙な踊りで周囲のホストや風俗嬢に不審がられても一切責任は持てないのであしからず。 帰る道すがら、JR新宿駅の構内を歩きながら考える。 例えば今通った自動改札もひと昔前までは駅員がずらりと並んで、手に持ったハサミをそれぞれのリズムでチャッチャカチャッチャカ鳴らしていたものだ。人間の体も立派な「自然」なのだから、彼らが無意識に奏でるハサミの音は、正に水琴窟に通じるものがあったはずだ。 発車の合図も録音された妙なBGMではなく、ジリリンと生のベルが鳴っていた。子どものころはどこかの駅のホームで、鹿威しがでかい音を立てていた記憶がある。 そう考えてみると浜松町の「中便小僧」も立派に自然の生音を提供している貴重な存在だ。 録音された音、あらかじめ予想のつく音ばかりに囲まれた現代にこそ、水琴窟のような「自然の音楽」の復活が求められるのかもしれない。 ↑ クリックよろしくお願いします |
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うーん。なかなかロマンティックぅ。 |
あや 2008/05/15 02:08 |
なるほど、アオバトの声も「ふっかつのじゅもん」の一つというわけですな。 |
磯っこ 2008/05/15 02:22 |
復活の呪文ってなんだい? |
ささみな 2008/05/15 02:29 |
ふっかつのじゅもんはさー、4月の日記参照ですよ。http://0150.at.webry.info/200804/article_2.html |
磯っこ 2008/05/15 02:34 |
カナカナヵナヵナ... |
あや 2008/05/15 04:11 |
カナカナの声はなんであんなに切ないかね…。 |
磯っこ 2008/05/15 08:49 |
江ノ電のことかなあ、、。 いやあ、記憶が確かじゃないんだけど、確か人の家の庭を突き抜けてた気がするんだよねえ。 すごい衝撃受けた気が、、、。 復活の呪文、、、食べ物編もよろしくね! |
ささみな 2008/05/15 17:21 |
お邪魔します。鳥の声いいですね。早朝のさえずりはとても素敵です。私は「でーでーぽっぽ〜〜でーでーぽっぽ〜」と鳴くヤマバト?がコミカルで好きです^^ |
ミル 2008/05/17 02:30 |
>みな |
磯っこ 2008/05/17 03:03 |
んー! |
あや 2008/05/18 02:06 |
ツクツクホウシはいいチョイス。 |
磯っこ 2008/05/18 03:33 |
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